2002年のデビュー以来、国内外を問わずさまざまなダンサー、振付家と共同創作を行ってきた黒田だが、ここ数年で活動の場はダンス以外にも広がっている。彼女にとって初めての挑戦となった仕事で、最近注目を集めた2つの作品について詳しく訊いた。
まずは野田秀樹作・演出の演劇公演『ザ・キャラクター』の振付だ。物語の舞台は町の小さな書道教室。日本人であるはずの登場人物が、ギリシア神話の神々へとメタモルフォーゼ(変容)していく。序盤は活気のあるコミカルなシーンが続くが、やがて教室はある新興宗教団体のアジトとなり、冷えた狂気を帯びながら、実在した無差別殺人事件の内情を暴いていく。演じる役も物語そのものも次々と姿を変える、変容尽くしの野心作だった。
メインキャストとアンサンブルを含む数十名の出演者は、広い舞台を所狭しと駆け回り、横にも縦にも組み重なって、人体で構成される動く絵画になった。大人数の俳優が一瞬にして集まり、難易度の高いポーズでピタリと静止するさまは、得体の知れないグロテスクな怪物を見るようだ。
「“人がモノになる”という野田さんの指示を受けて、出演者がすごく小さな組み体操を見せてくれて、それをデザインしたという感じです。もちろん振付もするんですけど、私がやったのは出演者に対する質の統一というか、エッセンスの注入みたいなこと」
ダンスとは違って演劇にはセリフがある。しかも野田戯曲はその量が膨大で意味も複雑だ。さらには筋立てが幾層にも分かれ、重なっていく。ダンスを振りつける時とは異なる難しさがあったのではないか?
「稽古を進めていく中で、メタモルフォーゼしていくのは刺激的だなと思う反面、野田さんじゃなかったら(この試みを成立させるのは)無理なんじゃないかと感じていました。正確に伝えなきゃいけない事柄がものすごく多いんです。たとえば“なんとなく書道教室かもしれない”ということじゃ済まされなかったり。時制が飛ぶように入れ替わるのも、ちゃんと伝わった方が面白いですし。でも私がどんなに抽象的なことをしようとも、最終的には野田さんの構成・演出できちんと伝わるストーリーにしてくださる。野田さんという器に入れてしまえば、私が詳しい説明をする必要はない。そんな安心感があったから、すごく自由で、遊べて、楽しかった」

「映像作品には振付で携わったことはありますし、映画として上映されたダンス・カンパニーの公演映像には出演していましたが、役者としては初めてで。中島監督から“中学生の母親役をやってください”と依頼された時、私はてっきり踊るものだと思っていたんです(笑)。でも脚本を読んだらちゃんとセリフがあって!演技なんて1回もやったことないですし、できませんと言ったんですが、監督に“そんなの全然大丈夫です”って言われて…。役作りといっても何をするのかも知らないし、できないし、そのまま撮影に突入して…。あーごめんなさい!」
恥ずかしそうに何度も謝るのは、自分からは特に“何もしなかったから”のようだ。だが実際は心に闇を抱える優秀な科学者を好演。結婚してごく普通の主婦になり、研究への執心や高い自尊心と、退屈な日常との板挟みに苦しんだ末、幼い息子を虐待してしまうという難役だった。落ち着きはらった態度から放たれる殺気は、背筋をぞくっとさせるほどの鋭さ。出番は多くはないが、重みのある確かな存在感で鮮やかな印象を残した。
「息子の顔をぶつシーンでは、実際に叩きました。監督が本気で叩いてくださいとおっしゃったので、本気で。言われたとおりにやっただけなんです。全部監督のおかげです。あのシーンの後、(私に)叩かれた男の子が3時間ぐらい泣きやまなくって…ずっと抱きしめてました。ごめんねーって言いながら」
本当に何も準備せずただ“叩いた”のだとすると、それは本質的に自然な演技であり、俳優が目指すものではないだろうか。その状態を引き出したのは中島監督の手腕によるものだろう。だが、黒田の実力があってこそである。
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前述の飴屋、野田、中島をはじめ、Noismの金森穣、黒田が笠井先生と呼ぶ笠井叡や、海外の有名振付家など、一緒に創作をしたアーティストに対して黒田は「生きてる内にこんな素晴らしい方に会えて、本当に良かった」とストレートに感謝の意を表す。他の振付家や演出家のもとで仕事をする際は、心を開いて身を任せ、出しゃばらずに、それぞれの現場で求められるベストを尽くすタイプのようだ。家の玄関の壁に貼ってあるという座右の銘は、「今日も一日 感謝の気持ちを忘れずに 大切に」。本物のアーティストは決して威張らないし、底抜けに謙虚なものだと納得する半面、核心が掴(つか)めていない気がしていた。自己を徹底的に俯瞰して毒や風刺を利かせ、観客を突き放すような過激な表現もいとわない彼女の作品と、このインタビューでの印象が、必ずしもぴったりとは重ならないからだ。そこで質問の矛先を、作品創作から普段の生活へと切り替えてみた。
「稽古は基本的に夕方4時から夜10時までの6時間。でも休憩ばっかりしてますよ(笑)。寝るのは朝の6時からお昼11時ぐらいまで」
朝6時に就寝?では稽古の後から深夜にかけては読書や映画鑑賞など、インプットの時間に充てているのだろうか。
「稽古から帰って来るのは夜11時ぐらい。それからご飯を食べてお風呂に入って、そして、このポーズです」
そう言うなりすっくと席を立ち、床に正座をして両手を額の前につけて、前方にかがみこんだ。背中を丸めて小さくなるポーズだ。
「両手をグーの形にして親指の方をおでこに当てて、頭の下にその両手を敷いた状態で、考えるんです。ちゃぶ台の真横に丸まって3時間ぐらい微動だにしないですね。深夜3時から5時ぐらいは一番いい時間。絶対にこのポーズ。ずっとコレです。私の人生、コレなんだと思います(笑)」
床に丸まったまま3時間以上、一体、何を?

「踊ってるんです。細胞が体の中でプチプチ、プチプチと。考えてるっていうより、体がずっと踊ってるんですよね。全身を一番小さなダンス空間にしたような感じ。思考の果てに煮詰まって疲れ切って、もうだめだ!って思ったら、寝ます。それが朝の6時ぐらい」
一気に謎が解けた。溜飲が下がるとはこのことだ。毎日の長時間にわたる深い、深いイメージ・トレーニングこそが、創造の源泉だったのだ。natural(ナチュラル)という英単語はよく“自然の”と和訳されるが、“生まれながらの、天性の”という意味もある。ありのままの状態そのものが非凡である黒田に、ぴったりの形容詞ではないだろうか。ナチュラルなダンサー・黒田育世の今後の野望を、未来予想図を教えて欲しい。
「自分からやりたいことなんて何もないんですよ。私、からっぽなんです。でも絵やメッセージが降りてきた時には、生きてる限り、それに全力で応えます」
さも当然のことのようにサラリと、真剣に答えてくれた。素直で柔軟、でも芯はゆるがない。いつでも未知の領域に飛びこむ勇気があり、努力を惜しまない。天賦の才能は、天真爛漫で無垢な器に与えられるべくして与えられた。
黒田育世(くろだ•いくよ)
BATIK主宰、振付家、ダンサー。6歳よりクラシックバレエをはじめる。97年渡英、コンテンポラリーダンスを学ぶ。02年、「BATIK」を設立。代表作は『SIDE-B』(02年)、『花は流れて時は固まる』(04年)など。近年はBATIKでの活動の他、飴屋法水、笠井叡、野田秀樹などさまざまなアーティストとのクリエーションも話題に。今年公開された映画『告白』(中島哲也監督)では女優として初めてスクリーンに登場し、強烈なインパクトを与えた。

Information

(C) Yohta Kataoka
BATIKトライアルvol.10
『ペンダントイヴ-studio version-』
■日程:12/10(金)〜12(日)
■会場:森下スタジオ・Cスタジオ
■構成・演出・振付:黒田育世
■出演:BATIK
■主催:BATIK http://batik.jp
■制作:ハイウッド
フェスティバル/トーキョー10
『あかりのともるかがみのくず』
■日程:11/9(火)〜15(月)
※11/12(金)休演日
■会場:にしすがも創造舎
■構成・演出・振付:黒田育世
■出演:大江麻美子/大迫英明/梶本はるか/黒田育世ほか
■主催・製作:フェスティバル/トーキョー






















